青空の下の机

旅をして、写真を撮って、生まれた想いを小説に籠める。

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掌編小説:バカはセックスをするな(R18)

 俺は二十二歳。童貞である。

 ……いやいや好きでそうなったわけではない。
 顔は悪くないし、異性に興味がないわけでも、女子と全く接点がなかったわけではない。むしろ滅茶苦茶ヤりたいし。その気になれば彼女も作れた……のかもしれない。
 ともかく俺が童貞なのは、断じて俺のせいなんかではない。社会が悪いんだ。
「異性間性行為許可証」という代物を手に入れない限り、俺はヤるとご法度となる。

 俺が異性に関心を抱きはじめた、十四の春。突如件の法律が制定された。
 それは「人類がより高等な知性を有し、人類進化と社会発展を形成する」……だとか、そんな名目のために定められた。
「頭のいい」政治は、人類は万物の霊長たる知性を持つのに相応しい生物であり、悪い頭脳を後世に残してはいけないという。そして許可証をもたない者に子孫を残すことを規制した。
 要するに「バカはセックスをするな」という意味だ。理解力のない俺でもそれくらいはすぐに分かった。
 市民権だとか差別問題だとか倫理問題だとか、各地でデモ運動を行う様子はニュースで多々見受けられた。
 だが、喚きたてることしか脳のない阿呆は、いわゆる「知性派」にことごとく論破されて、屈した。
 双方が許可証を持たない者の性行為は違法。
 避妊したとしても違法。
 本番しなくても違法。
 隠れてこっそりやっても違法。
 どこでどう監視しているのか。遅かれ早かれ発覚して、違反通告を受ける。
 通告を受けた者は多額の罰金を支払うわけでも、豚箱にもぶち込まれることもない。
 その代わり問答無用で去勢される。
 性的に、処刑される。
 強制的に永遠にセックスができない身体へ仕立てられる。
 そんなのは誰だってご勘弁だ。

 法が施行されて以来、全青少年は十八になると適正試験を受験しなければならない。それに合格した者のみが性行為を許されることになる。
 その試験がまた難しいったらありゃしない……。内容は大学受験のそれと、さほど変わらない。合格率は男女合わせてわずか二〇パーセント。男女別でいえば女性が六二パーセントに対し男性が三八パーセント。
 ちなみにAV女優・男優は、医者や弁護士に次ぐエリート職業になった。
 おまけに二度目以降の再受験には、二万円近く払わないといけないときた。
 裕福でない家庭に生まれ育った俺には迂闊に失敗できない。このシステムで政府の財布は潤沢だそうだが、四度目の不合格通知を受けた俺の貯金はもう底を尽きようとしていた。
 試験に手ごたえもあって、「今度こそ……!」、と内心期待していた俺は通達を見て落胆した。
 そんな……。
 大学の勉強を休んで、試験対策に講座に二年も通ったのに……。
 畜生、これじゃあ月四万円払って通っていた大金が水の泡じゃないか。
 許可証が手に入らない人の救済措置に、風俗店だけは許可証なしでも利用が可能だそうだが、そんな人間の下心につけこんで、風俗店は軒並み高騰した。
 まだお金に余裕があったときは風俗で童貞を捨てるものかと意地をはっていたが、今となっては風俗に通う金もない。
 あー、何が人類の進化のためだ。悪い頭脳を残してはならんだ。どうせ一握りの頭がいい奴らはエロゲみたいな社会で人生を謳歌してるんだろ。俺にもさせろよ。知性派って「性行為を知る派閥」のことなんだろ。
 この恥性派め!

 矛先のない怒りで我を失っていたところに一本の電話がきた。宛先をみると友人のYからだった。
 Yは俺と同じ試験に落ち続けた童貞だ。大学で知り合った同志にすっかり心を開き、俺にとってYはかけがいのない親友となった。一度童貞卒業の夢を諦めかけていた俺を慰め、「一緒に合格しような」と励ましてくれた。
 そういえば、Yの方はどうなったのだろうか。まあ自信のあった俺が落ちたくらいだから、Yもきっと落ちているだろう。
 アイツも相当落ち込んでいるはずだ。
 あの時Yにされたように、俺もYの事を励ましてやろう。
「もしもし、Y。今回は残念だったがまた来年も――」
『もしもし⁉ 俺、受かった! もうダメだと思ってあてずっぽうに記入したんだけど意外に勘が冴えてたみたいでさ。ようやく俺も脱童貞の道を進めるぜ! お前、この間自信あるって言ってたから受かってるよな? 今夜飲んで騒ごうぜ! あ、まずは渋谷にでもいって手当たり次第にナンパして――。……って、おーい。もしもしー聞こえてるかー?』
 俺はそっと電話を切った。

 なんてこった……。俺だけ取り残されてしまった。まるでマラソンで「一緒に走ろうね」って言われたのに裏切られて走り去られた気分だ。落ちたのは自業自得だし、同志が成功したのはいいことだが、素直に喜ぶことができない。
 くそっ、くそ……。なんか無性に腹が立ってきた。同志だと思っていたのに、裏切られた途端にアイツの泣きじゃくって悔しむ姿を拝みたくなってきた。
 こんな時は気晴らしにお気に入りのAVでも観賞して――

 ……はあ。射精したらなんか虚しくなってきた。
 DVDを取り出す事後処理の最中も、俺の頭の中はエロでいっぱいだった。
 何が何でも生で女の裸が見たい。こんなパッケージに印刷された加工物なんかより、本物の質感を、温もりを、この肌と目に焼きつけたい。
 この際、美女じゃなくたっていい。貧乳でもブスでもデブでもガリガリでも毛深くても男でも犬でも……性の快感をこの身体に刻み付けたい。
 こうなったら産婦人科医にでもなって人妻の――ってそんな学力もないんだよな。とほほ。
 何もかも、この「異性間性行為許可証」とかがあるせいだ!
 何でセックスするのに政府の許可がいるんだよ!
 俺はただセックスがしたいだけだ。子どもなぞはいらん。快楽に酔いたいだけだっ!
 くそっ、くそっ。あーイライラする! ついでにまたムラムラしてきた!
 大体「異性間性行為許可証」って長すぎるんだよ。「セックス免許」でいいんだよ。いちいち堅苦しくすんな。せめて「異性間」のくだりいらないだろ――

 ……あれ?
「異性間性行為許可証」ってなんで異性間ってついているんだ? 性行為なんて異性としかしないはずじゃないのか。
 ……いや、まさかな。
 でも、わざわざ「異性間」って表記しているあたり、公認している……ってことだよな?

 固唾を飲みこんだと同時に、また携帯電話が鳴りだす。
 電話の表示を見たらYの名前が記されていた。
 それはなんともいえぬほど丁度いいタイミングだった。
 俺は徐に電話を耳に当てた。
『もしもし? さっき途中で切れたけど電波が悪いのかな……。あ、そうそう。さっきの話の続きなんだけど、今夜うちで呑まない? 脱童貞への景気付けだ。お前も勿論やりたいよな?』
「……そうだな。今夜――いや、なるべく早めにヤりたいかな。待ってろよ、Y。シャワー浴びてから行くからな」
『ん? わかった。俺も今すぐやりたいし。これから俺も準備するわ。じゃあ、また後でな』


 この後、俺は童貞を卒業し、Yは男の処女を卒業したのはいうまでもないだろう。


以下、あとがき   続きを読む
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テーマ:オリジナル小説 - ジャンル:小説・文学

  1. 2016/10/15(土) 18:54:21|
  2. Novels -小説-
  3. | コメント:0

短編小説:FOG-GET MY OWN WAY

 十数年前、ほぼ訪れたことのない土地へ私は赴任した。親元からは離れ、親戚の目も届かぬような場所だ。
引っ越したばかりの当時は期待と不安の入り混じったかのような、何ともいえない心地がしたのはにわかに憶えている。
 しかし誰も知り合いのいない不安という感情は案外小さなものだ。周囲との親和と仕事に慣れさえすれば見知らぬ土地であっても、自分の居場所を形成することくらいは造作でもなかった。
 異なる気候にも馴染み、気が付けば故郷を離れたのが随分と昔の話となっていた。
 そんな長い年月の中でも、私は一度も地元へ戻らなかった。その必要性を感じられなかったからだ。
 何度も帰省する機会もあっただろう。しかし交通費の負担が大きいという経済的な困窮と、「住めば都」とでもいうような赴任先の居心地の良さに、そのような気持ちもどんどんと消え失せていく。
 次第に、時間という波が過去の記憶を侵食してその上に新たな記憶が堆積していく。そして私はあたかもここが自分の生まれ育った故郷であるかのように振舞うようになっていった。
 こうして現在の「私」という人間は造られたのである。

 或る日のことだった。霧の多い街の中でも一際霧が深い朝であった。
 私の下宿先から勤務先まで徒歩で一時間。電車で一〇分程。電車で通勤といきたいところだが日頃の運動不足が祟り、昨年の健康診断でよくない数値が見られたため最近は専ら歩いて通勤をしている。
 太陽が霧に遮られている性故に、初夏だというのに道行く人々はコートを羽織っている。あまりの濃霧に数十メートルから先の視界が遮断されているため全員が上着を着ている――とまでは霧で見辛いため断言できない――が視界に映る人は皆、重ね着をしてもなお寒そうに、身を丸めながらも前進していた。私も例外ではなく、うずくまりながらも仕事のために歩みを進めていた。
 霧は体温を一層下げさせるため、「どうせ湿って視界が悪いのならせめてサウナルームみたく蒸し暑いものが良かった」とも思った。しかし天候相手にはただどうすることもなく、仕方なしに私はコートの前を閉じては手をポケットに入れることで、なるべく肌の露出を控えることにした。
 はじめはまだ近辺の通行人の姿も確認できたが、次第に霧がどんどんと立ち込めていき、足元が見えなくなるほどの濃霧となった。ついには道も信号の光を頼りに進んでいくしか術はなくなった。
 私は度々他人とぶつかった。軽い謝罪と会釈を済ませて再び前へと進むのだが、何度も何度も繰り返していると罪悪感とともにもどかしい感情が湧き上がってくる。
「どうしてこんなにも霧が深いのだろうか。早く天候が変わってしまえば良いというのに……」
 そんな理不尽な思いもお天道様に伝わるわけがない。湿っぽい空気がますます私の体温と体力を奪ってゆく。

 そうこうしているうちにもう目的地まで半分を差し掛かろうとしていた――道が不明瞭なため確信はもてないが、もし正しい道を辿っていたとしたら時間的にそろそろ五割ほどは進んだだろう――。
 相変わらずの気候にそろそろうんざりしてきたが、唯一の救いといえばあれほど衝突していた他人とすれ違うことがなくなったことだろう。前よりも幾分と歩きやすくなり、このままいけば遅刻は免れるはずだ。
「きゃっ」
 一抹の安堵を覚えた矢先、肩に何かがぶつかった。同時に悲鳴も聞こえたためそれが少なくとも久々の人間であることはすぐに判別ついた。
「すみません……怪我はありませんか?」
 相手が怪我を負ったのかは疎か、そもそも相手の姿も輪郭しか識別が不可能だ。
「ええ、何とか……。悪いのですがお手を貸していただけませんか?」
 言われた通りに影のほうに手を差し伸べると、初めはひんやりとした感触、しかし後からほのかな人肌がやんわり伝わってきた。
 握った手は皺が目立っていた。どうやら老婆らしい。一人では起き上がることができないらしく、その人は私の手に随分体重をかけて重い腰をあげた。
 何故もっと周囲を警戒しなかったのか……。弱々しい老婆の振舞いからそういった自責の念が頭に募る。
「しかしひどい霧ですね。こうやって助けていただいた方のお顔も拝見できないなんて」
「いえ、私がぶつかった性ですので当然の事をしたまでですので」
 今回初めて会ったはずなのに。姿も身分も分からぬこの老婆からは奇妙な親近感が湧いてくる。しかしやはり相手は赤の他人。お互い身の上話は避け、天気など他愛のない会話を暫く続けた。
 一つだけ分かったこととして、この老婆の訛りは聞いていて実に心地が良い。この街では聞き慣れない異なる地方の発音。だがどこか聞き覚えのあるものであった。
 私はそのことが気がかりで、遂に老婆に訊ねてしまった。
「失礼。立ち入った話ではありますが……貴方はここら辺の出身じゃないのではありませんか?」
 何故そのようなことを聞いたのか、唐突な問いかけに困惑したのだろう。老婆は暫く沈黙した。
 だがやがて老婆は徐に口を開いた。
「ええ、確かに。でもどうして分かったのですか?」
「言葉遣いがここら辺の住民とは明らかに違っていたので。……かくいう私もここの生まれではないのですよ」
「そうなんですね。私の訛りはある地域に限られているので分かる人は少ないと思いますが……ひょっとしたら○○出身ですか?」

 それは聞き覚えのある集落の名前だった。
 そこは私の生まれ故郷だった。
 ここにいたら到底耳にすることもない目立たない村。
 そうか、私はそこで成長してきたのだ。
 その名前が引き金となり、長年消失していた古い記憶が頭の中に淡くにじみでてくる。

 川。
 山。
 夕焼。
 畦道。
 蜜柑畑。
 用水路。
 裂けた道。
 踏切と汽車。
 入り組んだ小路。
 旧友の住んでた家。
 軒下で聴いた日暮の奏。
 おばさんからもらった西瓜。
「もっと食べてね」と勧められた。
 旧友と共にした時間は、穏やかな流れ。
「また明日も一緒に遊ぼう」と約束を交わした。
 そうして明日を想像しては心を躍らせて友と惜別した。
 線路沿いの帰路は長く、地の果てまで続いているのだと感じた。

 そう、何処までも、何処までも――

 我に返ると老婆が返事のない私の無事を伺っていた。
「……ああ、すみません。つい昔のことを思い出していました。確かに私はここの生まれではありません。長年腰を据えていると、すっかりとここの慣習が身体に染みついてしまっていたようで……。もし貴方にお会いしなければ、もしかしたら後生ずっと帰郷しなかったかもしれません」
「それは大変喜ばしいことですわ。是非貴方の故里の様子を時々伺いに往ってさし上げてください。貴方の故里は貴方を待っているはずですので」
 気付けば辺りを包んでいた霧は薄くなり、ぼんやりとだが先程まで会話していた老婆の容姿を捉えることができた。
 微笑みを浮かべる老婆の顔はどこか頭の片隅にある記憶と合致するかのように感じた。

 老婆と別れてからは風が強まったこともあってか瞬く間に霧が晴れていき、難無く会社に行きつくことができた。
 先程まで抱いた郷愁の念を整理してその後暫くは自身の仕事に徹底した。
 そして今まで通り「私」を演じ続けた。

 それから一ヵ月と少しが過ぎた頃合。私の下宿先に一通の手紙が届いた。
 母の訃報だった。
 私は最低限の荷物を纏めて電車を点々と乗り継いで故郷へと戻った。
 唯一難儀であったのは実家近辺の鉄道が廃線になっていたことだ。仕方なく私は在来線の駅から代行バスに乗車した。
 小一時間ほど揺られ、実家に一番近い――とは言ってもそこから家までは歩いて四〇分はかかる――バス停に辿りついた。そこは村へと続く道の入り口で、右には廃線、左には随所に植えられた蜜柑の木が青い実をつけていた。
 久々の実家はどこか他人の家の様な気がした。葬儀に参列している時も兄弟以外に対面したことがない人物が多く肉親の葬儀だというのにまるで他所様の式に出席したかのようであった。
 ご焼香を供えようと棺の傍まで向かったとき、或る物が目に留まった。
 それは母の遺影だ。遺影は二つ置かれており一つは若かりし頃の姿。私がここで暮らしていた頃の母の面影そのものであった。
 その隣には昨今の老いた母の顔写真であった。
 似ているのだ。あの時の老婆に。
 慌てて最期まで母を看取った方に訊ねた。
「母は亡くなる前にどこか遠くへ出かけたのか?」と。
 しかし返事は否、母は齢でここ五年間は寝たきりの生活が続いており到底外へ赴くような体調ではなかったとのこと。
 ましてや私のいる元へなど行けるはずがない、と。

 葬儀、告別式が一通り終わった後も、私は数日間故郷で散歩しながら穏やかな時を過ごした。この辺りは霧もできそうもない爽やかな天候が続いていた。向こうの気候に慣れていたため寧ろ乾燥しているようにすら感じた。
 入り組んだ小路は都会慣れした私にとっては窮屈であった。随分広く感じた集落も端から端まで歩けば二〇〇メートルもない。旧友の家も閑散としていた。盆や正月でもなければ旧友も親の元に戻ってくることもないのだろう。

 親も知人もいないこの故郷に、私は再び戻る訳があるのだろうか。
 廃線の傍を歩いているときにふとそんなことが頭を過った。この村の概ねの景色は変わらないかもしれない。だが「私」はその眺めで望郷の念に駆られるのか。この先どれだけ季節を輪廻しようが私が知る故郷に出会うことはないのではないか。
 私は錆びついた鉄軌へ入り込んだ。長年列車が通った形跡もなく、雑草が至る所に蹂躙していた。何処までも続くと思っていた線路はこの場で途絶えていた。知らぬ間に帰郷する術を失っていたのだ。
 この一連の全てを私は忘れることにした。母に似た老婆も霧にまいった頭が生み出した白昼夢ということにした。ただ最後に私をここへ連れてきてくれた亡き母には感謝をしなければならない。今回の件がなければ私は本当にこの村の事を忘れ去っていたであろう。

 さて、私には大事な用がある。この土地ではなく新たに定住したあの遠い地に。早く向かわねば。
 私は荒れた鉄軌に沿いながら、在来線のある駅まで闊歩していった。
  1. 2016/05/16(月) 15:09:12|
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掌編小説:人のいない場所

年末に私はバイクに跨がり、とある場所へ向かった。
そこは大きな沼のそばにある遊園地。しかし稼ぎ時という時期に反して、そこは人がいない、異様なほどに閑散とした光景だった。
それもそのはず、そこは2000年に閉園した廃墟。某大手テーマパークで客足が遠退いて、やむを得ず門を閉ざすことになった遊園地であった。
そこは草が伸びっぱなし、観覧車は錆を帯び、看板は地面に倒れこんでいる。
私はカメラ片手に散歩していた。すると、廃遊園地の看板の裏から女性の顔がひょこっと現れた。
相手も目をぎょっとさせて驚いた様子だった。

何をしているのか気になり看板の裏側をのぞいてみると、ビニールと毛布で作られた、膝ほどもない小さな小屋があった。
小屋というにはみすぼらしい、非常に簡素なものだ。
女性に訪ねてみる、
「何をしているのですか?」と。
すると女性は手を休めず、
「猫のための寝床を作ってるんですよ」
と応えてくれた。
「そこに2匹いるんだけどね、大きい子はもう何年も冬を越してるから大丈夫なんだけど、小ちゃい子は今年捨てられて初めての冬なのよ。寒さに耐えられるか分からなくて......」
よく見ると奥の木陰に2匹の白猫が、首を低くしこちらの様子を伺っている。
小さい猫はひっきりなしにないていて、こちらに近寄るかどうか足をそわそわさせていた。
折角のご縁ということで私に何かできないか訊いたが、「大丈夫だよ」と返されてしまった。でも私は特に当てもないので、しばらくそこにいることにした。

しばらくすると、小さい猫が私の側を行ったり来たりし始めた。私のことを害のない人間と認識してくれたのだと思う。
試しに写真を撮れないかカメラを近づけたら、興味津々で寄ってきた。よっぽどカメラが珍しかったのだろう。
普通、捨て猫や捨て犬は、捨てられた恐怖で人間に対して非常に警戒心を抱くものだが、その子は短時間で僕にすり寄り、一時間も経たずしてお腹をみせるほど慕ってくれた。

その姿に胸を締め付けられる。
人間に裏切られ捨てられても、なお人間である私を信じてくれてるんだな......と。
ただ何も言うことができず、ただひたすらにその子の頭を撫でた。

やがて小屋が完成すると女性は帰路につき、その場には私と2匹の捨て猫だけが残った。
こんなになつかれても、私もいつかは自分の家に帰らないといけない。
それはこの猫にとってはまた捨てられたと思わせてしまうだろう。そう考えれば考えるほど、その場を離れるのが苦しくなる。

日も大分暮れ、本当に帰らなければならなくなってきてしまった。別れを惜しみつつも私は立ち上がりその場を後にした。そのときのかすれた鳴き声が忘れられない......

後に調べたところによると、その遊園地は再建を望む者が現れるのを、今も待ち続けているそうだ。
この猫達もどうか生きる希望を捨てないでほしい。彼らがまた人と共に過ごせる日が訪れることを願い、私は人に捨てられた土地を去りました。


以下、あとがき 続きを読む
  1. 2016/02/24(水) 11:15:17|
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掌編小説:偽りの鏡

 まだ世界に魔法が存在していたころのお話。万物には魂が宿り、その魂が強いものだけが人との会話を交えることができた。
 ある森の奥に、一つ小さなお城が佇んでいた。そこには若い妃が召使たちとともに過ごしていた。
 妃は鏡を集めるのが趣味で、部屋中に大小さまざまな鏡が飾られている。その中でも彼女は珍しいものを持っていた。喋る大きな鏡で、妃は大層お気に召したらしく、自分の部屋の奥に飾っては毎日のようにこう訊ねていた。
「鏡よ、鏡。世界で一番美しい者は誰だ?」
「――それはお妃様、貴女でございます」
 鏡がそう答えると、妃はご機嫌になった。鏡には妃の姿は映らず、代わりに鏡の魂である淡い炎が映しだされていた。
 このやりとりは毎日毎日、毎朝毎晩、何年も続いたそうだ。
「鏡よ、鏡。世界で一番美しい者は誰だ?」
「――それはお妃様、貴女でございます」
 一語一句違うことなく繰り返される。
 やがて若かった妃はどんどん歳をとり、小皺は増え、お腹は満月のように丸くなり、声はしわ枯れていき、髪は艶を失っていった。
 それでも妃はお気に入りの鏡に向かって問う。
「鏡よ、鏡。世界で一番美しい者は誰だ?」
 すると鏡はこう答える。
「――それはお妃様、貴女でございます」
 そしていつもの様に妃は上機嫌になって、部屋中を踊る。
 ところで、魂を持つ物にも感情が宿る。嬉しいと思うこともあれば、怖いと思うこともある。そして痛みも知ることができる。
 鏡はこのころにはとっくに気付いていた。
あれほど部屋に陳列されていた鏡がどんどん減っていくのを。妃がどんどん歳をとるにつれて、自分の老いを映しだす鏡をぶち壊しているのを。
 或る日は、夜中に蝋燭の焔に照らされた妃の顔が鏡に映しだされて、妃はそれを一瞥するや否や、無言でその鏡を床に投げつけた。
 或る日は、大層不機嫌な様子で部屋から戻られたときに、怒り狂った妃を映しだした鏡を窓から放り投げた。
 それは魂のない鏡からあるものまで。沢山の鏡たちが妃によって壊されていった。唯一強い魂を持ち喋ることのできる鏡は、部屋の奥からそれらの惨劇を見ているしかなかった。
 喋る鏡は幸いなことに妃の姿を映しだすことはできない。代わりに自身の魂が映しだされるだけだ。だから妃が自身の姿を見て、突発的に捨てることはないのだ。
 鏡たちは次第に数を減らしていき、遂に大きな鏡一枚だけとなってしまった。鏡は老婆に成り果てた妃にこう問われる。
「鏡よ、鏡。世界で一番美しい者は誰だ?」
 鏡は答える。妃に殺されないために。死の恐怖から逃れるために。
 例え事実とは反していても、鏡はこう答える他なかった。
「――それはお妃様、貴女でございます」



以下、あとがき 続きを読む
  1. 2015/08/03(月) 12:55:34|
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人情とは

お久しぶりです。

ここ最近、
淡々と小説をあげるだけの更新が続いていたので、
なんだか素っ気無いなと思って日記のほうを投稿しました(笑)

最近ようやく暇ができたので、
昔の作品を読み返してみたり。
そして昔のほうが表現がよかったりしてガッカリ……


なんだか最近の小説は難いんですよ。
論理的で具体的で、味気がない。

それは大学で理系の技能が身についた証拠なのでしょうが、
僕には悪化しているように思えて仕方がありません。

論理的に物事を考える方たちの意見は真意を突いているようで面白いのですが、
一般論、人間味、感情、
大切なものを疎かにしているのが、辛く寂しい。
まるでロボットと会話しているような。

「人情」という言葉をタイトルにしました。
さっとネットで辞書をひいたのですが、

人間が本来もっている人間らしい感情。特に,人に対する思いやりやいつくしみの心。 by Weblio辞書

だそうです。

人に対する思いやり。
それが抜けた人は、それはそれで魅力のある人間なのですが、
接していても大切にされていない気持ちが湧いてきて、
自然と自分自身から人を大切にしようという気持ちになれなくなるのでしょう。
だから、その人を大切にしたいとは思えなくなる。

そうやって人情を失い、
「思いやりのない人ね」「私の気持ちをわかってほしい」とお互いを罵り合う。
こういうものはまず自分から相手の気持ちを考えてみること。

それが人情を生み、お互いが人として尊重し合える一歩なのかなと、感じました。


はじめから自分のことしか考えていない人はまた別の話なのでしょうが。
  1. 2015/05/19(火) 21:31:51|
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矢口鳥居

Author:矢口鳥居
愉快な、
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欣快な……
そんなお話がここにあります。
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